世界遺産「明治日本の産業革命遺産」のひとつ「三池炭鉱 宮原坑」に行ってきた

世界文化遺産に登録が決まった
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」

九州福岡在住の ぎんたんち的には 三池 八幡 長崎 佐賀 鹿児島 など 馴染み深い場所が たくさんあるし 古い建物好きの血が騒ぐ
まずは 三池炭鉱 宮原坑(みやのはらこう) に行ってきますた





ぎんたんちから ドライブ2時間
道路わきに ぽつんと立つのが
G150713_20.jpg

三池炭鉱 宮原坑(みやのはらこう)
明治31年(1898年)から1931年(昭和6年)まで年間40~50万トンを出炭した三池炭鉱の坑口
G150713_21.jpg

ぼろっちい 鉄塔と工場跡に見えるけど 正真正銘「世界遺産」
G150713_221.jpg

とーちゃんが見てた↑のは 枕木だけが残った 鉄道跡
三池炭鉱の主な坑と 三池港を結んでたんだって
G150713_222.jpg

G150713_223.jpg

見学無料 案内付き
G150713_24.jpg

デビーポンプ室壁
右側のレンガ部分が 壁だけ残ったベビーポンプ室
三池炭鉱の技術は英国から学んだもので レンガも英国式の積み方だって
G150713_25.jpg
裏はこんな
G150713_27.jpg


第2堅坑櫓
上の滑車で、地下深い炭鉱まで作業員や馬を送るケージを上下させたり、炭を揚げていたそうな
下の竪坑(炭鉱の穴)は コンクリートで蓋されてた
G150713_26.jpg

G150713_33.jpg

第2堅坑揚機室
↑の滑車を上げ下げする 巻揚機のある機械室
平成まで使われてたらしくって 油のにおいがぷーんとしたYO
G150713_28.jpg

G150713_291.jpg

作業員休憩室
採炭作業をしてたのは囚人たちで、労働が厳しいあまり ここは別名「修羅(シラ)坑」と呼ばれてたんだって
休憩時間とか あったのかすら?
G150713_31.jpg
わたしが通った小学校には こんな用務員室があった 気がするにゃ
G150713_32.jpg




2015年 7月12日 世界遺産登録直後の様子


行ってビックリしたけど
宮原坑があるのは 大牟田の住宅街のど真ん中
隣の民家との距離が近いYO
G150713_45.jpg

ぴかぴかの広い駐車場と誘導員完備
お客はいないわけじゃないけど 駐車場はがらがらですた
G150713_41.jpg

昔の社宅が 事務所兼お土産屋さん
立派なパンフレット頂きますた
G150713_42.jpg
G150713_43.jpg


立派な案内板があるけど 説明聞くのはおもちろかった
例えば展示の坑内作業の写真(左)では着物を着てるけど 実際にはふんどし一丁、腰巻一枚だったとか(右)
(うちのとーちゃんのように)撮影用のポーズをさせられてたのね
G150713_44.jpg


草ぼうぼうの でこぼこ空き地に佇む鉄塔とレンガ造りの建物がラピュタの廃墟みたいで風情があった
世界遺産に登録されたら やっぱり整備が進むのかすら?
G150713_34.jpg

他のところも 巡ってみたいにゃ
G150713_35.jpg


もうちょっとだけ 明日に続く

人気ブログランキングtouka130_10.gif


にほんブログ村


続きを読む